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『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』ニーチェの哲学は実在する?彰が線を引いた言葉の意味やモデルを解説

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『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』で、彰が特攻へ出撃する前に千代へ託した一冊の本。

その本のタイトルは『ニーチェの哲学』です。

千代から約80年の時を経て本を受け取った百合がページを開くと、あるニーチェの言葉に彰が線を引いていました。

映画を見て「『ニーチェの哲学』という本は本当にあるの?」「小林栄吉という著者は実在する?」「彰が線を引いた言葉は本物のニーチェの言葉?」と気になった人もいるのではないでしょうか。

調べてみると、彰が生きていた時代より前の1935年(昭和10年)に、まったく同じ『ニーチェの哲学』というタイトルの本が実際に出版されていました。

さらに、彰が線を引いていた言葉も映画オリジナルではなく、ニーチェの著作に実在する言葉です。

この記事では、劇中の『ニーチェの哲学』と実在する本との関係やモデルの可能性、彰が線を引いた言葉の出典と意味について詳しく解説します。

『あの星が降る丘で』の「ニーチェの哲学」は実在する?

映画に登場する『ニーチェの哲学』は、ニーチェ本人が書いた本という設定ではありません。

ニーチェの思想について書かれた哲学書として登場し、著者は「小林栄吉」とされています。

しかし、映画に登場する「小林栄吉著『ニーチェの哲学』」と一致する実在の書籍は確認できません。

そのため、劇中で彰が千代に託した本そのものは物語のために設定された架空の書籍と考えてよいでしょう。

ここで面白いのが『ニーチェの哲学』というタイトルまで完全な創作というわけではないことです。

実は日本では、戦前に同じタイトルの本が出版されています。

1935年に『ニーチェの哲学』という同名の本が実在していた

国立国会図書館の資料を調べると、1935年(昭和10年)に『ニーチェの哲学』という本が出版されていたことが確認できます。

著者はデンマークの思想家・批評家ゲオルグ・ブランデス、日本語訳は宍戸儀一。

東京のナウカ社から刊行された243ページの書籍です。

つまり、

  • 劇中:小林栄吉 著『ニーチェの哲学』
  • 実在:ゲオルグ・ブランデス 著・宍戸儀一 訳『ニーチェの哲学』

という違いがあります。

著者はまったく異なりますが、タイトルは同じです。

さらに注目したいのが出版された年代です。

実在する『ニーチェの哲学』が出版されたのは1935年。

彰が百合と出会い、特攻へ向かったのは1945年です。

彰の時代より10年前に、日本ですでに『ニーチェの哲学』という本が存在していたことになります。

そのため、1945年を生きる彰が『ニーチェの哲学』という題名の本を持っている設定そのものには、時代的な不自然さはありません。

実在した『ニーチェの哲学』が映画のモデル?

ここまで一致していると、「1935年の『ニーチェの哲学』をモデルにして劇中の本を作ったのでは?」と思いますよね。

可能性としては興味深いものの、映画制作側が1935年のブランデス著『ニーチェの哲学』をモデルにしたと明言した資料は確認できません。

そのため「この本がモデル」と断定することはできません。

偶然同じタイトルになった可能性もあります。

ただ、1935年に日本で刊行され、1945年にはすでに存在していた『ニーチェの哲学』という書籍があることは事実です。

映画では、戦時中の青年が実際に手に取ることのできた時代背景に合う哲学書が必要になります。

その点を考えると、実在した同名書と劇中の本との関係は気になるところです。

現段階では、「同名の実在書がある。ただし、直接のモデルだったかは確認できない」とするのが最も正確でしょう。

『ニーチェの哲学』の著者「小林栄吉」は実在する?

劇中の『ニーチェの哲学』には、「小林栄吉」という著者名が記されています。

しかし、小林栄吉が著した『ニーチェの哲学』という書籍は確認できません。そのため、著者名を含めて映画のために設定された書籍と考えられます。

実在する同名の『ニーチェの哲学』は、1935年(昭和10年)に出版されたゲオルグ・ブランデス著・宍戸儀一訳の本です。

劇中の本とこの実在書に関係があるのかについては、制作側から明らかにされていません。

彰が線を引いた言葉は本物のニーチェの言葉

本そのものは架空ですが、ここからがさらに興味深いところです。

彰が線を引いていた言葉には、実在するニーチェの文章に明確な出典があります。

映画では、自分にしか歩めない唯一の道があり、その道がどこへ続くのかを問うのではなく、ただ進んでいくことを説く言葉が登場します。

これは映画の脚本家がニーチェ風に作った言葉ではありません。

出典はニーチェの『反時代的考察』第三編「教育者としてのショーペンハウアー」です。

東京都立中央図書館による調査でも、複数の日本語訳で該当する文章が確認されています。

翻訳によって日本語の表現には違いがありますが、「自分にしか歩めない道がある」「行き先を問わず、その道を進め」という核となる意味は共通しています。

つまり映画では、架空の『ニーチェの哲学』という本の中に、本物のニーチェの思想を入れていることになります。

「自分にしか歩めない道」とはどういう意味?

この言葉だけを見ると、「迷わず自分の信じた道を進みなさい」という励ましの名言のように感じます。

ただ、ニーチェがここで語っていることは、単純なポジティブ思考とは少し違います。

誰かの生き方をそのまま真似するのではなく、自分自身が何者なのかを見つけ、自分にしか生きられない人生を歩くという考えにつながる言葉です。

他人から「こちらへ行けば正解」と教えてもらえる道ではありません。

その先に何が待っているのかも分からない。

それでも、自分自身で歩いていかなければならない。

だからこそ「どこへ行き着くのか」と答えを求め続けるのではなく、自分の道を進めという言葉になっています。

この意味を知ると、なぜ『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』でこの言葉が選ばれたのかが見えてきます。

彰がこの言葉に線を引いた意味を考察

彰がこの言葉に線を引いたのは1945年です。

彰は特攻隊員として、自分の意思だけでは未来を選べない時代を生きていました。

愛する百合と出会い、本当は生きたい未来があったとしても、自分の望む人生を自由に選べる状況ではありません。

そんな彰が、「自分にしか歩めない道を進む」という言葉に線を引いていた。

ここには何ともいえない切なさがあります。

自由に自分の道を選べない彰だからこそ、この言葉に惹かれたのかもしれません。

そして彰は、その本を自分が特攻へ出撃したあとに百合へ渡してほしいと千代に託します。

彰が百合に何を思ってこのページを示したのか、映画の中でその心情のすべてが言葉にされるわけではありません。

それでも、自分には選べなかった未来を、百合には自分自身の意思で歩いてほしいという願いを重ねて読むことができます。

彰は涼との恋を応援するために線を引いたわけではない

ここは物語の時系列を考えると、とても重要です。

彰が本に線を引いた時点では、もちろん涼の存在を知りません。

さらに彰は、百合が約80年後の世界から来たことを知ったうえで、未来の百合に向けて本を残したわけでもありません。

彰は自分が出撃したあと、百合に本を渡してほしいと千代に託しました。

ところが彰たちの出撃を見送った百合は、その後現代へ戻ってしまいます。

千代は突然いなくなった百合に本を渡すことができず、そのまま長い年月持ち続けることになりました。

その本が約80年後、偶然にも百合本人へ届きます。

つまり彰が線を引いた言葉は、最初から「涼を好きになってもいい」「新しい恋へ進んでほしい」という意味で選ばれたものではありません。

ところが約80年後に受け取った百合にとって、その言葉はまったく別の意味を持つことになります。

約80年後の百合にとって「自分の道を進め」が持つ意味

映画の百合は、彰との別れから7年後も彼を忘れていません。

高校教師となり、彰の夢だった教師という仕事を続けています。

そんな百合の前に現れるのが、彰の面影を持つ宮原涼です。

百合は涼に惹かれていきますが、彰への想いがあるため素直に新しい恋へ進むことができません。

彰を愛していたのに、別の男性を好きになっていいのか。

涼を選んだら、彰を忘れることになってしまわないか。

そんな百合のもとへ届いたのが、彰自身が線を引いた「自分にしか歩めない道を進め」という言葉でした。

彰はそんな未来を想定していません。

それでも、百合が一番必要としていた時に、彰の選んだ言葉が届きます。

この偶然が、単なる哲学書だった『ニーチェの哲学』を、百合にとって特別な一冊へ変えています。

「彰を忘れろ」という言葉ではない

このニーチェの言葉を百合の恋愛だけに当てはめて、「彰を忘れて涼と付き合いなさい」というメッセージとしてしまうと、少し違うように感じます。

百合にとって彰は、忘れれば前へ進めるような存在ではありません。

本当に愛した人との思い出は、新しい恋をしたからといって消えるものでもないでしょう。

大切なのは、彰を忘れるか、涼を選ぶかという二者択一ではありません。

彰を愛した過去も自分の人生として抱えながら、それでもこれからの人生を自分で選ぶこと。

それが、今の百合にとっての「自分にしか歩めない道」なのではないでしょうか。

しかも、その背中を押す言葉を残したのが彰自身だったところに、この場面の切なさがあります。

百合を過去へ引き止めるのではなく、結果として未来へ送り出す言葉になったのです。

なぜ映画は実在するニーチェの言葉を使ったのか

ニーチェのこの言葉は、百合だけでなく作品全体のテーマにも重なります。

前作で描かれた1945年は、自分の人生を自分で選ぶことが難しかった時代です。

彰をはじめとする特攻隊員たちは、現代の私たちと同じように恋をし、夢を持つ若者でした。

それでも、自分がこれからどのように生きるのかを自由に選べませんでした。

一方、現代を生きる百合や涼たちには、自分の道を選ぶ自由があります。

だからこそ「自分にしか歩めない道を進め」というニーチェの言葉が、戦時中と現代をつなぐ物語に重なります。

彰には選ぶことのできなかった未来を、百合は選ぶことができる。

その違いまで考えると、『ニーチェの哲学』が単なる小道具ではなく、この作品のテーマを象徴する重要な一冊として使われていることが分かります。

まとめ

映画に登場する小林栄吉著『ニーチェの哲学』は架空の本ですが、1935年には同じタイトルの『ニーチェの哲学』が実際に出版されています。ただし、この本が映画のモデルになったかは明確ではありません。

一方、彰が線を引いていた言葉は、ニーチェ『反時代的考察』第三編「教育者としてのショーペンハウアー」に実在するものです。

自分にしか歩めない道を進むという言葉は、彰への想いを抱えて前へ進めずにいた百合にも重なります。

何気なく登場した一冊の本ですが、実在するニーチェの言葉を知ると、彰がなぜこの本を百合に残したのかも、より印象深く感じられます。

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