『沈黙の艦隊』海江田がクラシック音楽を聴く二つの理由を解説

『沈黙の艦隊』では、主人公の海江田四郎が最新鋭潜水艦「やまと」の艦内でクラシック音楽を聴くシーンが印象的に描かれています。これは単なる演出ではありません。クラシック音楽は、海江田の思想を表現するだけでなく、彼の緻密な戦略にも組み込まれていました。

クラシック音楽が、海江田にとって持つ二つの意味を読み解いていきましょう。

精神世界を映す「静寂の調べ」

海江田が聴くクラシック音楽は、その多くがヨハン・セバスティアン・バッハやルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンといった作曲家の作品です。これらの音楽は、複雑で緻密な構造を持ちながらも、完璧な「調和」と「秩序」に満ちています。

海江田が目指した「沈黙の平和」は、核の抑止力によって世界の秩序を保つという、非常に論理的な思想です。彼は、混沌とした国際情勢を、音楽のような完璧な秩序で制御したいと願っていたのかもしれません。

潜水艦という静寂に包まれた空間でクラシックを聴く海江田の姿は、彼が単なる反逆者ではなく、自身の思想を貫く孤高の求道者であることを象徴しています。クラシック音楽は、彼の冷徹な仮面の下に隠された、人間らしい感情や苦悩を表現するための重要な装置なのです。

クラシック音楽は、海江田の精神世界を表現するだけでなく、敵を欺くための戦略兵器としても使用されています。海江田は、海中にクラシック音楽を流すことで、敵のソナーを攪乱し、追跡を回避します。

潜水艦戦は、わずかな音を聞き分ける「音の戦い」です。海江田は、この戦いの本質を理解し、クラシック音楽という「ノイズ」を戦略的に利用しました。敵が聴き慣れた単調な機械音ではない、予測不能なクラシック音楽を流すことで、相手のソナーマンを戸惑わせ混乱に陥れたのです。

これは、海江田が単なる理想主義者ではなく、あらゆる手段を駆使して目的を達成しようとする、冷徹な戦略家であることを示しています。

『沈黙の艦隊』におけるクラシック音楽は、単なる背景音ではありません。それは、海江田四郎の人物像、彼が抱く孤独な思想、そして物語の根底にある「静寂と調和」というテーマを深く理解するための重要な手がかりであると同時に、彼の知的で周到な戦略をも象徴しているのです。