『竜とそばかすの姫』OZとUは何が違う?『サマーウォーズ』との比較でわかる細田守監督の仮想世界論の変化

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細田守監督は、2009年の『サマーウォーズ』で巨大仮想世界「OZ」(オズ)を描き、そして2021年の『竜とそばかすの姫』で「U」(ユー)を描きました。どちらも全世界のユーザーを結ぶ巨大なインターネット空間ですが、その構造と機能には決定的な違いがあります。

この二つの仮想世界を比較することで、細田監督が描く「インターネットと人間の関係性」のテーマが、10年以上の時を経てどのように変化し、深化したのかを考察します。

仮想世界の「目的」と「利用者数」の違い

OZとUは、その設計思想と規模において大きな違いがあります。

  • OZ:生活インフラとしての「公共性」 『サマーウォーズ』のOZは、世界中のユーザーが利用するショッピング、公共サービス、銀行など、現実世界のインフラと密接に結びついた「デジタルツイン」的な仮想世界でした。その利用者数は10億人以上とされています。
  • U:内面解放と「表現」の場 『竜とそばかすの姫』のUは、その目的が主に「歌」や「アート」といった表現活動に集中しています。利用者数は50億人以上と、OZよりも遥かに巨大な規模を誇り、現実の機能よりも「感情の解放」に重点が置かれています。

アバターと「現実とのリンク」の決定的な違い

アバターの生成方法と、現実の情報をどこまで反映させるかという点で、二つの仮想世界は対照的です。

  • OZのアバター:「代行者」としての機能性 OZのアバターは、ユーザー自身がデザインする自由度が高く、現実の容姿とは必ずしも一致しませんでした。その役割は、現実の生活を代行する「ツール」としての意味合いが強かったです。
  • Uのアバター(As):「内面の投影」と「アンベイル」 Uのアバター(As)は、ユーザーの現実の身体情報(心拍や感情など)を読み取って生成されます。そして最大の違いは「アンベイル(Unveil)」という機能。これはアバターの匿名性を剥がし、現実の姿を仮想世界にさらすというU独自の機能です。

アンベイルの存在は、Uが「匿名で逃げ込む場所」であると同時に、「勇気を出して現実と向き合う場所」でもあることを示しており、OZにはなかった「自己開示」というテーマを物語に持ち込みました。

「脅威」と「救済」のテーマの変化

仮想世界に危機をもたらす存在と、それに対する「救済」の方法も、両作で大きく異なります。

  • OZの脅威:AIによる「機能の破壊」 『サマーウォーズ』の脅威は、暴走AI「ラブマシーン」によるOZの機能の破壊、ひいては現実世界のインフラの危機でした。救済は、家族と数学的知恵を総動員してAIを機能的に打ち破る「チーム戦」でした。
  • Uの脅威:人間による「暴力とトラウマ」 『竜とそばかすの姫』の脅威は、AIではなく、竜の正体(恵)が抱える「現実世界の暴力とトラウマ」、そして竜を追い詰める「集団の私刑」という、人間由来のものです。救済は、集団の力ではなく、すずの「個人の共感と自己犠牲的な表現」によって成し遂げられます。

まとめ

『サマーウォーズ』のOZが、デジタル時代の「家族の絆」と「機能の維持」というテーマを描いたのに対し、『竜とそばかすの姫』のUは、「インターネット時代の孤独と、そこからの感情的な救済」という、より内省的で深いテーマを描いています。

細田監督は、Uという世界を通じて、インターネットはもはや便利なツールではなく*現実の傷を癒やし、自己を解放し、他者と共感するための「新しい表現の場」へと進化しているという、現代的な仮想世界論を提示したのです。

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