映画『国宝』では、俊介が突然姿を消し、歌舞伎界に戻ってくるまでの間(いわゆる“空白の8年間”)や、春江との関係について詳しく描かれていません。しかし、原作小説にはその期間に起きた出来事と二人の深いつながりがしっかりと描写されています。今回はその内容を、映画との対比も含めて取り上げます。
出奔と消息不明の時期
原作では、俊介は父・半二郎の跡を継ぐべき立場でありながら、梨園の厳しさに耐えきれず姿を消します。表向き父から試練を与えられた「獅子の子落とし」でしたが、その真意に応えられず自分を見失ってしまいます(原作では「俺な、逃げるんちゃう。……本物の役者になりたいねん」という言葉がその決意を表しています)
春江と共に過ごした地方の暮らし
俊介は春江とともに出奔し、地方で生活を始めます。名古屋では俊介にまともな仕事が続かず、春江がたまたま見つけた古書店で働くことでようやく生活が安定します。この古書店は歌舞伎・文楽専門であり、舞台について深く学ぶきっかけとなりました。
その後1年ほどで春江は妊娠し、俊介も父・半二郎に会いに戻る機会を得ますが、演技を披露しても厳しい評価が待っていました。それでも挑戦を続け、一時は舞台復帰の可能性も見え隠れします。
歌舞伎界への復帰と“白虎”襲名
その後、TV番組の制作者・竹野に見いだされた俊介は、花井半弥の名で、再び歌舞伎界に復帰します。舞台への復帰は約10年ぶりで、彼は再評価され“花井白虎”を襲名するまでになります。
春江との関係性と「愛人」ではない深い絆
原作では、春江は喜久雄の愛人ではなく、俊介の支えとして描かれています。どん底のときも俊介を支え続け、子どもを授かり、苦労を重ねながらも強く歩んできた春江の存在は、“共に生きるパートナー”そのものでした。
“空白の8年間”が意味するものとは
- 梨園からの離脱は、自らに課した修業の時間だった
- 地方での生活や春江との暮らしは、芸を鍛える静かな戦いだった
- 復帰は単なる金融ではなく、心の完成の証だった
この8年間は、映画では匂わせる程度だった俊介の葛藤や成長を深く理解する鍵です。春江は単なる支えではなく、俊介の芸への覚悟を共につくっていった存在として、物語に深みを与えています。
まとめ
原作に描かれる俊介の出奔から春江との関係、そして歌舞伎界への復帰という“空白の8年間”は、芸と人生を真剣に生きる物語の核心です。映画のワンシーンでは表現しきれなかった、俊介という人間の輪郭がここにはしっかりと存在します。
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