NHK連続テレビ小説『ブラッサム』で、葉野珠(石橋静河)が小説『脂粉の顔(しふんのかお)』を応募し、一等賞を獲得する展開が描かれます。
モデルとなった作家・宇野千代も、1921年(大正10年)に『時事新報』の懸賞小説で一等に入選しました。
応募総数は3,000編以上。賞金は200円という、当時としてはかなりの大金です。
ところが、選考委員が残した評価は意外なものでした。一等に選ばれた『脂粉の顔』に対しても、厳しい批評が寄せられていたのです。
なぜ一等賞に選ばれたのでしょうか。また、賞金200円は現在のいくらに相当するのでしょうか。
今回は、懸賞小説の選考結果と賞金の価値を中心に、宇野千代が受賞した史実を解説します。
『脂粉の顔』はなぜ一等賞に選ばれた?
『脂粉の顔』が一等に選ばれたのは、文章の巧みさや小説としてのまとまりが一定の評価を受け、他の応募作品と比較した結果です。
選考委員が作品を絶賛したわけではなく、むしろ改善すべき点も指摘されていました。
その選考を担当したのは、当時の文壇で活躍していた里見弴(さとみ・とん)と久米正雄(くめ・まさお)です。
3000編以上の応募作品から一等に選ばれた
『時事新報』の懸賞短編小説は、1920年(大正9年)に募集されました。
一等賞金は200円という高額なもので、全国から3,000編を超える作品が寄せられます。
審査では、まず応募作品から6編を選び、新聞紙上に全文を掲載しました。
その後、選考委員の採点によって順位を決めるという方法が取られています。
さらに読者にも入選順位を予想してもらう企画が設けられ、文学作品の選考そのものを新聞の催しとして楽しめる仕組みになっていました。
結果が発表されたのは1921年1月21日。
一等に選ばれたのが、藤村千代の『脂粉の顔』でした。
藤村千代とは、当時結婚していた宇野千代の名前です。
選考委員・里見弴と久米正雄の評価は?
一等賞というと、選考委員から高い評価を受けた作品を想像しますよね。
しかし、『脂粉の顔』に対する選評は、決して褒め言葉ばかりではありませんでした。
里見弴は、小説としての形が整っていることを認めながらも、新鮮さが乏しいと指摘しています。
久米正雄も、文章の巧みさを感じさせる一方で、技巧が目立ちすぎるという印象を述べました。
さらに久米は、応募作品の中に一等賞金200円を喜んで与えたいと思える作品がなかったという趣旨の選評も残しています。
それでも『脂粉の顔』は、他の候補作と比較した結果、一等に選ばれました。
つまり、作品の完成度を認められながらも、独創性や表現には厳しい評価があったのです。
文学賞では、欠点のない作品だけが選ばれるわけではありません。複数の作品を比較し、それぞれの長所や短所を踏まえて順位が決まることもあります。
『脂粉の顔』の受賞は、そうした選考の実情が分かる興味深い例といえるでしょう。
一等・二等・三等には誰が選ばれた?
この懸賞小説では、宇野千代だけでなく、後に有名になる作家たちも入選しています。
| 順位 | 作品 | 作者 |
|---|---|---|
| 一等 | 脂粉の顔 | 藤村千代(宇野千代) |
| 二等 | 獄中より | 尾崎泗作(尾崎士郎) |
| 三等 | 秋の一日 | 八木東作 |
| 選外佳作 | 踊見 | 金光左馬(横光利一) |
二等の尾崎士郎は後に人気作家となった
二等に入選した尾崎泗作は、後に『人生劇場』で知られる小説家・尾崎士郎です。
当時はまだ文学界で成功する前の若い作家でした。
その尾崎を抑えて、宇野千代の『脂粉の顔』が一等に選ばれたのです。
後に二人が人生を共にすることになる点も、文学史の中では興味深い出来事です。
横光利一も応募していた
選外佳作には、後に新感覚派の代表的な作家となる横光利一の作品も選ばれています。
横光利一は、川端康成らとともに日本の近代文学に新しい表現をもたらした作家です。
後世に名を残す作家たちが、まだ無名だったころに同じ懸賞へ応募していたことになります。
応募者の顔ぶれを知ると、宇野千代が一等に選ばれたことの重みが、より伝わってきます。
『脂粉の顔』の賞金200円は今のいくら?
宇野千代が受け取った一等賞金200円は、当時の給与と比較すると数か月分に相当します。
現在の価値に換算する方法はいくつかありますが、ここでは給与を基準に考えてみましょう。
当時の月給と比較すると約4〜5か月分
1920年(大正9年)ごろの小学校教員の初任給は、月40〜55円ほどでした。
この給与を基準にすると、賞金200円は約3.6〜5か月分に相当します。
例えば、現代の月給を25万円と仮定すると、約91万〜125万円に相当する計算です。
もちろん、これは給与に対する割合を比較した金額です。物価や生活水準が異なるため、当時の200円と現在の100万円前後で、同じものが買えたという意味ではありません。
それでも、小説一編で数か月分の給料に相当する賞金を獲得したのですから、驚くほどの金額だったことが分かります。
当時の銀行員の給料と比べても大金だった
宇野千代の夫・藤村忠は、北海道拓殖銀行に勤めていました。
山口県の公式観光サイトでは、大正末期の大学卒業者の初任給を月50〜60円程度と紹介しています。
この金額と比較しても、賞金200円は約3.3〜4か月分です。
ただし、この数字は大正末期の一般的な初任給であり、藤村忠本人の給与額を示すものではありません。
当時の勤め人にとって、200円がまとまった収入だったことは確かでしょう。
賞金200円は現在の100万円前後という考え方も
給与との比較では、賞金200円は現在の約90万〜125万円という目安になります。
ただし、過去のお金の価値を調べる際には、消費者物価や米価、企業物価など、ほかの指標もあります。
どの指標を使うかによって換算額は変わるため、「大正時代の200円は現在の何円」と一つの数字に決めることはできません。
読者にとって最も分かりやすいのは、当時の給与で何か月分に相当したかという比較でしょう。
小説の懸賞で、会社員や教員の数か月分の収入を一度に得られたという事実だけでも、賞金の大きさが伝わります。
一等賞の賞金200円を宇野千代はどう感じた?
宇野千代は後年、『私の文学的回想記』の中で、懸賞小説に一等入選したときのことを振り返っています。
千代が驚いたのは、受賞そのものだけではありません。
小説を書いて、これほど多くのお金を得られるという事実にも衝撃を受けたのです。
当時、千代はまだ作家として収入を得ていたわけではありませんでした。
それが自分の書いた短編小説によって、まとまった賞金を手にしたのです。
文章を書くことが、趣味や楽しみだけでなく、仕事として成立する可能性を感じた瞬間だったのではないでしょうか。
千代にとって、200円という賞金には金銭的な価値以上の意味があったのでしょう。
『ブラッサム』では珠の一等賞がどう描かれる?
『ブラッサム』の葉野珠は、宇野千代をモデルにした人物です。
北海道で新生活を始めた珠が、自分の書いた小説で一等賞を獲得することは、今後の人生に大きな影響を与える出来事になります。
史実の宇野千代は、3,000編を超える応募作品の中から一等に選ばれ、賞金200円を手にしました。
この受賞によって、文学の世界で活動する可能性が大きく広がったのです。
ドラマでも、珠が一等賞を知ったときの喜びや、保がどのような反応を見せるのかが気になるところです。
賞金の金額だけでなく、珠自身が自分の才能をどう受け止めるのかにも注目したいですね。
まとめ|『脂粉の顔』の一等賞は才能が認められた大きな一歩
宇野千代の『脂粉の顔』は、3,000編以上の応募作品の中から一等に選ばれました。
選考委員の評価は厳しいものでしたが、その中でも千代の作品が最高位に選ばれたことは、若い作家にとって大きな自信になったはずです。
そして賞金200円は、当時の勤め人の数か月分の給料に相当する大金でした。
自分の書いた文章が評価され、さらに収入にもつながる。その喜びは、千代が小説を書くことに新たな可能性を感じるきっかけになったのでしょう。
『ブラッサム』の珠もまた、自分の力で人生を切り開こうとしている女性です。
これまで多くの困難を経験してきた珠だからこそ、一等賞という知らせがどれほど大きな喜びになるのか、今から楽しみですね。
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『脂粉の顔』の物語やタイトルの意味については、こちらの記事で詳しく紹介しています。

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