NHK朝ドラ『ブラッサム』第2週のタイトルは「父からの、解放」。
なんとも意味深なタイトルです。
珠の父・清治は相変わらず働かず自由奔放に暮らしていますが、第7回では咳き込む姿を見せました。
本人は警察から早く釈放されるために咳をして「肺病」だと思わせたのだと笑っています。
ところが、この咳は単なる芝居では終わりません。
第2週では清治の病状が悪化し、珠は父との別れを迎えることになります。
では、清治は何の病気で亡くなるのでしょうか。
『ブラッサム』は宇野千代の人生をモデルにしたオリジナル作品なので、ドラマの清治の病名と史実が同じとは限りません。
ただ、モデルとなった宇野千代の父・宇野俊次について調べてみると、意外な死因が分かります。
俊次の死因は、宇野千代本人の記述によれば「十二指腸虫」でした。
さらに父の死は、16歳だった千代に悲しみだけではない感情をもたらしています。
そこまで知ると、「父からの、解放」というタイトルの意味もかなり違って見えてきます。
『ブラッサム』父・清治は死ぬ?第2週で病状が悪化
珠の父・葉野清治は、第2週で病に倒れます。
第7回では、警察から帰ってきた清治が咳き込む場面がありました。
珠が心配すると、清治はわざと咳をして警察に「肺病」だと思わせ、釈放されたのだと笑います。
この時点では、清治らしい悪知恵を見せる場面にも見えます。
しかし、その後の清治には本当に病の影が忍び寄ります。
珠が父の決めた縁談で嫁いだものの、わずか数日で実家へ戻ってくると、清治は意外にも激しく怒りません。
やがて咳き込み、胸を押さえて苦しむようになり、リョウや珠たちが看病しても病状は悪化していきます。
清治は以前から自分の病気を知りながら、家族には隠していたようです。
そして第2週で、珠は父・清治との別れを迎えます。
清治の死因は?ドラマでは病名がまだ明かされていない
気になるのは、清治が何の病気なのかということです。
咳き込み、胸を押さえる姿だけを見ると、肺結核など肺の病気を想像した人もいるでしょう。
ここで手掛かりになるのが、珠のモデルとなった宇野千代の父です。
宇野千代の実父・宇野俊次も、千代が16歳だった1913年に亡くなっています。
そして宇野千代自身が、父の死因を書き残していました。
モデル・宇野俊次の死因は「十二指腸虫」だった
宇野千代は1929年に発表した「生きて居る父」の中で、父の死について触れています。
そこでは、父が亡くなったのは自分が16歳のときであり、「十二指腸虫」で死んだことが記されています。
十二指腸虫とは、現在では鉤虫(こうちゅう)と呼ばれる寄生虫の一種です。
幼虫が皮膚などから体内へ入り、最終的に小腸へ寄生して血液を吸います。
感染が重くなると貧血や倦怠感、息切れなどを起こし、当時は命に関わることもありました。
現在の日本ではあまり聞かない病気ですが、衛生環境が現在とは大きく異なっていた時代には珍しいものではありませんでした。
興味深いのは、当時、俊次について「肺病で亡くなった」と思われていたことです。
宇野千代自身が、世間では肺病だと思われているが実際には十二指腸虫だった、という内容を書き残しています。
ここで『ブラッサム』第7回の清治の言葉が気になります。
警察で少し咳をしたら「肺病」だと思われた――。
史実を知ってからこの場面を見ると、何気ない「肺病」という言葉まで意味深に感じられます。
ドラマの清治も十二指腸虫症で亡くなる?
では、『ブラッサム』の清治も十二指腸虫症なのでしょうか。
ここはまだ分かりません。
『ブラッサム』は宇野千代の伝記ではなく、宇野千代の人生をモデルにしたフィクションです。
実際、清治についても史実から変更されている部分があります。
宇野俊次は造り酒屋の次男でしたが、ドラマの清治は長男です。
俊次は兄が継いだ実家から生活費を受け取っていましたが、清治は弟・清重に家督を譲った代わりにお金を受け取っています。
人物の骨格には史実を使いながら、その意味をドラマ用に組み替えているのです。
そのため、俊次が十二指腸虫症で亡くなったからといって、清治も同じ病名になるとは断定できません。
ただし、父が珠と同じ16歳の頃に亡くなることや、病状が悪化していく流れなど、史実と重なる部分はあります。
清治の病気にも、宇野俊次の最期が下敷きになっている可能性は高そうです。
宇野千代の父は死の直前まで壮絶だった
宇野俊次は、最期まで非常に強烈な人物でした。
宇野千代の回想によると、亡くなる3日前、すでに身体がかなり衰弱していた俊次が突然、台所から出刃包丁を持ち出して外へ出てしまいます。
雪の中で包丁を振り回し、近所の人が近づけないほどの状態になりました。
やがて近所の人たちによって家へ連れ戻されます。
そのときの父の姿を見た千代は、すでに生きている人間とは思えないほどだったと振り返っています。
『ブラッサム』でも、清治は単に静かに病床で弱っていく父として描かれるわけではなさそうです。
自由奔放で、家族を振り回し、自分のしたいように生きてきた清治。
そんな男が死を前に何を見せるのか。
モデルとなった俊次の最期を知ると、清治の最期も「厳しい父が病気で亡くなった」というだけでは終わらないように思えます。
宇野千代は父の死を悲しむ一方で「解放」も感じていた
ここからが、第2週のタイトルを考えるうえで重要なところです。
宇野千代にとって父・俊次は、非常に大きな存在でした。
俊次は家族に対して絶対的で、千代は幼い頃から父の命令に逆らえませんでした。
学校から帰って自由に遊ぶことも許されず、鳥の餌や酒を買いに行くよう命じられる。
自分の行動を自分で決めることが難しい家庭でした。
そんな父が亡くなったとき、千代は当然悲しみます。
しかし、それだけではありませんでした。
後年の回想からは、父がいなくなったことで、それまで家中を覆っていた圧迫感から解き放たれたような感覚もあったことが分かります。
父が亡くなったあと、家の空気も変わりました。
それまで父の目を恐れていた子どもたちは外へ飛び出すようになり、継母のリュウも以前より自由に出歩くようになります。
家族全体が、俊次という巨大な存在から解放されたのです。
「父からの、解放」は珠にとって何を意味する?
『ブラッサム』第2週のタイトルは「父からの、解放」です。
単純に考えれば、清治が亡くなり、珠が父の支配から解放されることを意味しているのでしょう。
清治は珠の人生を自分で決めようとします。
珠の縁談も、珠本人の希望を聞くより先に清治が決めてしまいました。
珠も「お父様が決めたこと」と受け入れようとします。
友人の忍から「父親に歯向かえないだけだ」と言われても、すぐには清治に逆らえません。
それほどまでに珠の中では、父の存在が大きいのです。
だから「父からの解放」は、単に厳しい父親がいなくなるという話ではないと思います。
自分の人生を父に決めてもらう少女から、自分で選ぶ女性へ変わっていく最初の一歩。
清治の死は、珠の人生にとってその境目になるのではないでしょうか。
珠は清治を嫌っていたわけではない
ただし、『ブラッサム』を「毒親から解放されてめでたし」という物語として見ると、大切な部分を見落としてしまいます。
珠は清治を怖がっています。
理不尽に怒鳴られ、蔵へ閉じ込められ、人生まで勝手に決められる。
それでも珠は、父をただ嫌っているわけではありません。
第1週では、一人でカナリアをかわいがる父の姿を見て、普段とは違う清治の一面を文章にしています。
珠は父の横暴さを知りながら、その奥にいる人間そのものを見ようとしているのです。
これはモデルとなった宇野千代と父・俊次の関係にも重なります。
宇野千代も、後年になって父を単純に憎むことはありませんでした。
むしろ自分自身の中に、父と同じ「自分のしたいことをする」という性質があることに気づいています。
自分を縛った父。
しかし同時に、自分の中に生き続けている父。
この矛盾した関係こそ、珠と清治の父娘にも受け継がれているのかもしれません。
清治が死んでも珠は完全には「父から解放」されない?
ここが、この週タイトルの一番面白いところです。
清治が亡くなれば、珠を直接叱りつけたり、縁談を勝手に決めたりする人はいなくなります。
珠は物理的には父から解放されます。
しかし、人は誰かが亡くなったからといって、その人から受けた影響まで消えるわけではありません。
宇野千代は後年、父について振り返る中で、自分にも父と同じ性質があることに気づいています。
父・俊次は周囲がどう思うかより、自分がしたいことを優先して生きた人でした。
そして宇野千代もまた、恋愛でも仕事でも、自分の心に従って人生を選び続けた女性です。
もちろん二人の生き方は同じではありません。
それでも、父が持っていた強烈な「自分の人生を自分で生きる」という性質の一部を、千代自身が受け継いだと感じていました。
『ブラッサム』でも同じことが起こるのではないでしょうか。
清治は死ぬ。
珠は父の支配から解放される。
けれど、清治が誰にも従わず「自由」に生きようとした部分は、珠の中に残る。
そう考えると「父からの、解放」という言葉には、少し皮肉な響きもあります。
清治が求めた「自由」を珠が別の形で手に入れる?
清治は「一生自由に暮らす」と言っていました。
家督を弟に譲り、働かず、本家からお金を受け取って暮らす。
清治なりに「家」に縛られない人生を選んだのでしょう。
しかし弟・清重からは、そんな生き方をしていても兄の「窮屈」は変わらないという意味の言葉を向けられています。
清治は自由を求めながら、最後まで本家との関係から完全には離れられませんでした。
一方、珠はこれから故郷を離れ、結婚や離婚を経験し、仕事を持ち、文章を書くことで自分の人生を切り開いていきます。
父が求め続けた「自由」を、娘は父とはまったく違う方法で手に入れていく。
もしそうだとすれば、清治の死は父の物語の終わりであると同時に、珠自身の人生が始まる瞬間でもあります。
まとめ
『ブラッサム』第2週では清治の病状が悪化し、珠は父との別れを迎えます。
清治の具体的な病名は現時点では明らかになっていません。
一方、モデルとなった宇野千代の父・宇野俊次は1913年に亡くなっており、宇野千代本人は父の死因を「十二指腸虫」と書き残しています。
ドラマの清治も同じ病気なのかは分かりませんが、父が亡くなる時期や、16歳の娘が父との別れを経験する流れは史実と重なります。
そして重要なのは、その先です。
珠は清治の死によって、父の命令に従わなければならない生活から解放されます。
しかし清治の中にあった「自由に生きたい」という強烈な思いまで、珠の人生から消えるわけではないのでしょう。
自分を縛っていた父から解放され、その父が持っていた自由への渇望を、今度は自分自身の方法で生きていく。
「父からの、解放」は父を捨てる物語ではなく、父の影響を受けながらも自分の人生を選び始める物語なのかもしれません。
清治との別れのあと、珠が最初に何を自分の意思で選ぶのか。
そこから本当の意味での『ブラッサム』が始まりそうです。
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