Netflix『SとX』の主人公・霜鳥壱人は、穏やかで誠実な精神科医。
人にはなかなか話せない悩みを抱える相談者の言葉に耳を傾け、一人ひとりと真摯に向き合っています。
ところが、そんな霜鳥自身にも誰にも言えずに抱えてきた深い悩みがあります。
特に気になるのが、
「霜鳥は過去に何があったの?」
「なぜ佑美との恋愛に踏み出せないの?」
という点ではないでしょうか。
実は霜鳥の心には、小学5年生のときに両親をめぐって経験した出来事が、深い傷として残っています。
そしてこの過去を知ると、霜鳥がなぜ人の悩みにあれほど優しく寄り添うのかも見えてきます。
この記事では、原作『SとX ~セラピスト霜鳥壱人の告白~』をもとに、霜鳥の過去とトラウマ、佑美との関係について解説します。
※ここからは原作および物語の重要なネタバレを含みます。
霜鳥壱人の過去とトラウマとは?
霜鳥のトラウマの原因は、小学5年生のときに起きた両親をめぐる出来事です。
当時、霜鳥の母親は父親以外の男性と親密な関係になっていました。
その事実を知った父親は、幼い霜鳥を連れて母親のいる場所へ向かいます。
そこで霜鳥は、母親の裏切りを自分の目で知ることになってしまいました。
さらに父親は冷静さを失い、相手の男性に対して激しい行動に出ます。
霜鳥はその一部始終を目の前で見ていました。
まだ小学5年生だった霜鳥にとって、それはあまりにも衝撃的な出来事だったはずです。
本来なら安心できる存在であるはずの父親と母親。
しかしその二人によって、
「人を好きになること」
「誰かと深くつながること」
「大切な人を信頼すること」
そのすべてが、恐ろしい出来事と結びついてしまったのです。
これが大人になった霜鳥の心にも残り続けています。
父親の言葉も霜鳥を苦しめていた
霜鳥の心に残ったのは、目の前で起きた出来事だけではありません。
原作では、父親から言われた言葉も重要な意味を持っています。
父親は、人と深くつながるほど、その関係が壊れたときの傷も大きくなるという意味の言葉を霜鳥に残しています。
大人であれば、それは傷ついた父親が感情的になって発した言葉だと理解できるかもしれません。
しかし当時の霜鳥は小学5年生です。
父親の言葉と、その直後に目の前で起きた出来事が強く結びついてしまったのでしょう。
その結果、霜鳥の中には、
「誰かと深くつながれば、いつか関係は壊れてしまう」
という恐れが残ってしまったと考えられます。
霜鳥が大人になっても一定の距離を保とうとする背景には、この幼少期の経験があったのです。
なぜ霜鳥は恋愛に踏み出せないの?
霜鳥は決して、人を好きになれない人物ではありません。
むしろ人に対する思いやりがあり、相談者の苦しみを理解しようとする優しい人物です。
そして中学時代の初恋の相手・市之瀬佑美と再会したことで、彼の心は大きく動き始めます。
霜鳥にとって佑美は特別な存在です。
それでも、二人の距離が近づくほど、霜鳥の心には過去の記憶がよみがえります。
ここが『SとX』で描かれる霜鳥という人物の複雑なところです。
頭では、
「佑美は両親とは違う」
「自分も父親とは違う」
と分かっているはずです。
それでも心に刻まれた恐れは、理屈だけでは簡単に消えてくれません。
好きだから近づきたい気持ちと、深くつながることが怖い気持ち。
その二つの間で揺れているのが霜鳥なのです。
霜鳥はなぜセラピストになった?
ここで気になるのが、そんな過去を持つ霜鳥が、なぜ人の心の悩みに向き合う仕事を選んだのかということです。
原作では霜鳥自身もまた、自分の抱えている問題について理解しています。
だからこそ、相談者に対して簡単に「こうすればいい」と決めつけません。
人の心は理屈だけでは動かない。
正しい知識を持っていても、気持ちが追いつかないことがある。
霜鳥自身が、それを誰よりも知っている人物だからです。
相談者が言葉にできずにいることにも耳を傾け、本人が自分の気持ちに気づくまで待つ。
霜鳥のカウンセリングが優しいのは、単に性格が穏やかだからではないでしょう。
自分自身も「分かっているのにできない」という苦しさを抱えているからこそ、人の悩みを簡単に否定しない。
そこに霜鳥という人物の大きな魅力があります。
人を助けられても自分の心は簡単に救えない
『SとX』の物語で興味深いのは、霜鳥が「何でも解決できる完璧な専門家」として描かれていないことです。
相談者には冷静に向き合うことができる。
悩みの原因について考えることもできる。
必要な知識も持っている。
それでも、自分自身のことになると簡単にはいきません。
霜鳥は自分の過去を理解していても、その記憶から完全に自由になることはできないのです。
これは『SとX』という作品が描いている大切な部分ではないでしょうか。
「原因が分かれば、心の傷はすぐに消える」という単純な物語ではないのです。
過去を知ることと、過去を受け入れることは違います。
そして、過去を受け入れたからといって、すべての不安が一瞬でなくなるわけでもありません。
霜鳥の姿を通して、心が回復していくことの複雑さが丁寧に描かれています。
佑美との再会が霜鳥を変えていく
そんな霜鳥に大きな変化をもたらすのが、市之瀬佑美との再会です。
佑美は霜鳥の中学時代の初恋の相手。
大人になった二人は再び出会い、少しずつ距離を縮めていきます。
しかし霜鳥にとって、誰かを本気で好きになることは喜びだけではありません。
相手が大切になればなるほど、
「失うかもしれない」
「傷つけてしまうかもしれない」
という恐れも大きくなります。
そのため霜鳥は、佑美を大切に思うからこそ距離を取ろうとしてしまいます。
一見すると矛盾しているようですが、霜鳥の過去を知ると、その行動にも理由があることが分かります。
父親と母親の関係が壊れていく姿を見た霜鳥にとって、「愛すること」と「失うこと」は心のどこかで結びついているのでしょう。
霜鳥が佑美に過去を話す意味
物語の大きな転換点となるのが、霜鳥が自分の過去を佑美に打ち明けることです。
これは霜鳥にとって非常に大きな一歩です。
なぜなら、彼が恐れていたのは恋愛そのものだけではなく、自分の弱さを誰かに見せることでもあったからです。
セラピストとして働いているときの霜鳥は「話を聞く側」です。
ところが佑美との関係では、自分が話さなければなりません。
これまで心の奥に閉じ込めてきた記憶。
自分でも思うようにできないこと。
そして、自分が抱えている恐れ。
それを誰かに伝えることは、霜鳥にとって「相手を信頼すること」そのものだったのではないでしょうか。
佑美は、そんな霜鳥を否定せずに受け止めます。
ここで重要なのは、佑美が霜鳥の問題を魔法のように解決したわけではないことです。
ただ、霜鳥の気持ちを知り、そのままの彼を受け入れました。
霜鳥がずっと恐れていた「人と深くつながること」が、必ずしも傷つくことだけではないと知る瞬間でもあります。
霜鳥のトラウマは克服できた?
原作の結末を考えると、霜鳥の心の傷が完全になくなったと考えるより、「過去を抱えながらも誰かを信じようと一歩踏み出した」と捉える方が自然です。
幼い頃に経験した出来事そのものを消すことはできません。
父親から受けた言葉も、母親への複雑な思いも残っています。
しかし、佑美に過去を話したことで、霜鳥はそれまでとは違う選択をします。
これまでの霜鳥は、
「傷つくくらいなら深くつながらない」
という生き方をしてきました。
それが少しずつ、
「傷つく可能性があっても、大切な人を信じてみる」
という方向へ変わっていくのです。
『SとX』は、過去を完全に忘れることを「克服」として描いているのではなく、過去を抱えたままでも誰かと生きていける可能性を描いた作品なのではないでしょうか。
霜鳥の過去を知ると優しさの理由が分かる
霜鳥の過去は非常につらいものです。
しかし『SとX』は、その出来事を単に衝撃的な設定として使っているわけではありません。
霜鳥がなぜ人の言葉を丁寧に聞くのか。
なぜ簡単に他人を否定しないのか。
なぜ相談者が自分自身で答えを見つけることを大切にしているのか。
その理由が、彼自身の過去とつながっています。
人には見えない悩みがあることを、霜鳥自身が知っているからです。
一見すると穏やかで何でも受け止めてくれそうな霜鳥も、心の中では自分の問題と向き合い続けています。
だからこそ霜鳥は、単なる「優しい専門家」ではなく、弱さを抱えた一人の人間として魅力的に描かれているのでしょう。
まとめ
『SとX』の霜鳥壱人が抱えるトラウマの原因は、小学5年生のときに両親をめぐる深刻な出来事を目の当たりにしたことでした。
母親への信頼が揺らぎ、さらに父親が感情を抑えられなくなる姿まで見てしまったことで、霜鳥の中では「人と深くつながること」と「傷つくこと」が結びついてしまったと考えられます。
そのため、大人になった霜鳥は人の悩みには寄り添える一方、自分自身の恋愛になると一歩を踏み出せません。
しかし、初恋の相手だった佑美との再会によって少しずつ変わっていきます。
特に、自分の過去を佑美に打ち明けることができたのは大きな変化です。
霜鳥の物語で描かれているのは、過去を完全に消し去ることではありません。
心に傷を抱えていても、自分を理解してくれる人を信じ、もう一度誰かとつながろうとすること。
それこそが、霜鳥の過去とトラウマを通して『SとX』が描こうとしているものなのではないでしょうか。


コメント