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『ブラッサム』珠の本当の母親は誰?リョウが実母ではない理由と母・ユリを解説

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NHK朝ドラ『ブラッサム』を見ていて、「あれ?」と思った人も多いのではないでしょうか。

珠が「お母(かか)」と呼んで慕っている葉野リョウ。

国仲涼子さん演じるリョウは、珠を大切に育て、どう見ても普通の母娘に見えます。

ところが、リョウは珠の実の母親ではありません。

珠の本当の母親は、すでに亡くなっている葉野ユリという女性です。

珠は幼い頃に実母を亡くし、その後、父・清治の後妻となったリョウに育てられました。

ここで気になるのは、「ではユリとはどんな女性だったのか」「なぜリョウは血のつながらない珠をあれほど大切にしているのか」ということ。

実は珠のモデルとなった宇野千代にも、幼くして亡くした生みの母と、自分を育ててくれた継母がいました。

史実をたどっていくと、『ブラッサム』が描こうとしている「母」の姿も少しずつ見えてきます。

『ブラッサム』珠の本当の母親は誰?

葉野珠の実母は葉野ユリです。

ユリは珠が2歳のときに亡くなっており、物語が始まった時点ではすでにこの世にいません。

その後、父・清治が再婚した相手が葉野リョウです。

つまり珠には、二人の「母」がいることになります。

珠を産んだ母がユリ。

珠を育てた母がリョウ。

リョウと珠には血のつながりがありません。

それでもリョウは珠を自分の子どものように愛し、珠もまたリョウを母として慕っています。

この関係は『ブラッサム』のために一から作られたものではなく、モデルとなった宇野千代の生い立ちとよく似ています。

実母・ユリはどんな人だった?

現在までのところ、実母・ユリについてドラマで明らかになっていることは多くありません。

珠が2歳のときに亡くなったこと、そしてユリの妹・木村照子が珠の叔母にあたることなどが分かっています。

珠自身も幼くして母を亡くしているため、ユリとの思い出をたくさん持っているわけではないでしょう。

だからこそ、『ブラッサム』では「亡くなった実母を恋しがる娘」という分かりやすい親子関係ではなく、少し違った形で母娘が描かれています。

珠のそばには、すでにリョウという母がいるからです。

生みの母はユリ。

しかし、珠の記憶の中にある「お母」はリョウ。

この二つが矛盾せずに存在しているところが、珠の家族を考えるうえで大切な部分なのだと思います。

国仲涼子演じるリョウは珠の継母

葉野リョウは清治の後妻で、珠の継母です。

清治との間には、その後、珠にとって弟や妹となる子どもたちも生まれます。

つまりリョウにとって珠だけが、血のつながらない子どもです。

それでもリョウが珠だけを区別しているようには見えません。

むしろ印象的なのは、リョウが珠を「珠さま」と呼び、とても大切に接していることです。

ここだけを見ると、「継母だから遠慮しているのかな」とも思えます。

しかし、それだけではなさそうです。

珠自身も、リョウが本当の母親ではないことを理解しています。

だからこそ、「血がつながっていないのに、なぜ自分をこんなに大切にしてくれるのだろう」という小さな戸惑いも生まれます。

この感情は、珠のモデルとなった宇野千代の生い立ちを知ると、さらに興味深く見えてきます。

モデル・宇野千代も幼い頃に実母を亡くしていた

『ブラッサム』の主人公・葉野珠のモデルとなった宇野千代にも、生みの母と育ての母がいました。

宇野千代の実母はトモ(旧姓・土井)という女性です。

千代がまだ1歳半ほどの頃、トモは肺結核のため若くして亡くなりました。

そのため千代には、実母についての記憶がほとんどありませんでした。

母を亡くしたあと、千代は一時、父方の実家である造り酒屋に預けられています。

そして父・俊次が再婚したことで、千代の人生にもう一人の「母」が現れます。

それが継母のリュウです。

『ブラッサム』のユリとリョウという二人の母には、このトモとリュウの関係が色濃く反映されていると考えられます。

宇野千代を育てた継母・リュウはわずか17歳だった

宇野千代の生い立ちで驚かされるのが、継母リュウの若さです。

父・俊次の後妻となった当時、リュウはわずか17歳でした。

まだ少女と呼んでもおかしくない年齢です。

そこへ、幼い千代が娘としてやって来ます。

しかもその後、自分自身の子どもも生まれます。

それでもリュウは、血のつながらない千代を大切に育てました。

継母と聞くと、物語では実子と継子の間に溝が生まれる展開も珍しくありません。

ところが宇野家は違いました。

千代にとってリュウは、「父が再婚した女性」というだけではなく、自分を育ててくれた母そのものになっていきます。

この史実を知ると、『ブラッサム』でリョウが珠に注ぐ愛情にも、より深い意味を感じます。

なぜリョウは血のつながらない珠を大切にする?

ドラマのリョウについては、まだすべてが描かれているわけではありません。

そのため「なぜ珠をこれほど大切にするのか」というリョウ自身の胸の内を断定することはできません。

ただ、史実のリュウを下敷きにしているのであれば、ここには『ブラッサム』が描こうとしている一つの家族像がありそうです。

母親になるのは、子どもを産んだ瞬間だけではない。

一緒に暮らし、ご飯を食べさせ、叱り、心配し、成長を見守る。

そうした毎日の積み重ねによって生まれる親子関係もあります。

リョウにとって珠は「夫の前妻の子」ではなく、いつの間にか自分の娘になっていったのではないでしょうか。

そして珠にとっても、ユリが実母であるという事実と、リョウが自分の母であるという気持ちは、どちらか一方を選ばなければならないものではありません。

「本当の母親は誰?」という問いそのものが面白い

ここまで見てくると、「珠の本当の母親は誰?」という問いには、二つの答えがあるように思えます。

血縁という意味で答えるなら、実母はユリです。

しかし「珠にとって母親は誰なのか」と聞かれたら、リョウも間違いなく母でしょう。

『ブラッサム』が面白いのは、この二人を競わせるような描き方をしていないところです。

亡くなったユリの代わりがリョウなのではありません。

ユリは珠をこの世に送り出した母。

リョウは、その珠の人生をそばで支えてきた母。

二人とも珠の人生につながっています。

そしてこの関係は、宇野千代自身の人生とも重なります。

宇野千代は亡き実母をどう思っていた?

宇野千代には、幼くして亡くなった実母トモの記憶がほとんどありませんでした。

それでも晩年、自伝『生きて行く私』の中で、若くして亡くなった母について触れています。

覚えていないから存在しないわけではありません。

自分を産んでくれた女性がいて、その人が短い人生の中で自分をこの世に残してくれた。

千代は年齢を重ねたからこそ、その事実に思いを向けるようになったのでしょう。

一方で、自分を実際に育ててくれたリュウとの関係もまた、千代の人生の大切な一部でした。

「生みの母」と「育ての母」。

どちらが本物なのかという話ではありません。

宇野千代には、違う形で自分の人生につながった二人の母がいたのです。

実母ユリの存在は今後の珠にもつながってくる?

ここでもう一つ気になるのが、ユリの妹・木村照子の存在です。

照子は珠にとって、実母側の血縁につながる叔母です。

珠がユリの記憶をほとんど持っていないとすれば、母がどんな女性だったのかを知る手掛かりになるのは、ユリを実際に知っている人たちでしょう。

その意味で、照子をはじめとする母方の親族が物語に登場することには意味がありそうです。

また、モデルとなった宇野千代の人生を考えると、母方の親族との縁はその後の人生にも意外な形でつながっていきます。

ただし『ブラッサム』は宇野千代の人生をそのまま再現する作品ではありません。

珠と母方の親族との関係がどこまで史実をなぞるのかは、これからの物語を見ていく必要があります。

ユリ本人はすでに亡くなっていますが、「珠の中に残された母の存在」は、今後もさまざまな形で描かれていくのかもしれません。

珠とリョウの関係は「血縁だけが家族ではない」という物語?

『ブラッサム』序盤では、父・清治と本家の関係にも「家」というものが大きく関わっています。

長男だから家を継ぐ。

血がつながっているから家族になる。

当時は今以上に、家や血縁が人の生き方を決める時代でした。

ところが珠とリョウは、その枠にきれいには収まりません。

二人には血のつながりがない。

それでも母と娘です。

そして珠自身もこれから、家や時代に決められた生き方ではなく、自分の人生を選んでいくことになります。

そう考えると、幼い珠のそばに「血はつながっていないけれど確かに母である女性」がいることも、この作品の大きなテーマにつながっているように感じます。

人を家族にするものは何なのか。

珠とリョウの関係もまた、『ブラッサム』がこれから描いていく「自分らしく生きること」の一つの形なのかもしれません。

まとめ|珠には「生んでくれた母」と「育ててくれた母」がいる

『ブラッサム』の葉野珠の実母は葉野ユリです。

ユリは珠が2歳のときに亡くなり、その後、父・清治の後妻となったリョウが珠を育てました。

そのため、国仲涼子さん演じるリョウは珠の実母ではありません。

しかし、だからといって「本当のお母さんではない」と言い切るのも、少し違うように感じます。

珠のモデルとなった宇野千代も、幼くして実母トモを亡くし、継母リュウに育てられました。

生んでくれた母と、育ててくれた母。

珠にも宇野千代にも、それぞれ違う形で自分を愛してくれた二人の母がいます。

「珠の本当の母親は誰?」

その答えを血縁だけで考えればユリです。

けれど珠がリョウを「お母」と呼ぶ姿を見ていると、『ブラッサム』はその問いにもう一つの答えを用意しているようにも思えます。

母親とは、生んだ人だけを指す言葉なのか。

珠とリョウのこれからを見ていると、その答えも少しずつ見えてきそうです。

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