もののけ姫の乙事主はなぜタタリ神に?シシ神の森に来た訳と可哀想な最期について

ジブリ

もののけ姫の物語には色々な神様が出てくるのですが、強烈な印象を与えてくるのは『乙事主(おっことぬし)様』ではないでしょうか?今回の記事では乙事主がなぜタタリ神になってしまったのか?シシ神の森に来た訳や可哀想な最期についてなど、乙事主のあれこれを調べてみました!

もののけ姫の乙事主はなぜタタリ神に?

四本の牙を持つ、とてつもなく大きな体の白い猪神の乙事主様。そんな乙事主について解説していきたいと思います。

乙事主(おっことぬし)とは

乙事主(おっことぬし)はどんな猪神なのでしょうか?

誇り高い猪神

猪神の特徴として山の神としての誇り高き精神の持ち主ですが、その誇り高き精神が災いしてしまいます。「たとえ我が一族がことごとく滅ぼうとも、人間に思い知らせてやる」とのセリフにも見られるように頑固で融通のきかない一面も。時代の流れなのか、同族の猪が小型化していることも心を痛めている要因のようです。

年齢500歳

とても高齢な乙事主様。目はほとんど見えませんが、嗅覚がとても優れており不自由はないようです。
アシタカの呪いを受けた右腕の匂いでナゴの守の顛末を感じ取り、心を痛めていました。

とても優しい神様

仲間思いのとても優しい神様です。アシタカに対しても戦いに巻き込まれないように逃げるように指示したり、サンのことも危険にさらさないように気遣いをみせていました。

タタリ神になった訳

大切な多くの同族を殺されてしまいました。皆、無惨に石火矢衆に撃たれて命を落としていきます。
人間に対する怒りがどんどん大きくなり、冷静さを失ってしまいました。
そんなとき、猩々曰く「生き物でも人間でもない、とてもイヤなもの」に囲まれてしまいます。
仲間たちの毛皮を被ったジバシリたちでした。死んだと思っていた大切な仲間たちが生きていた!蘇ったと喜んだのもつかの間、ジバシリたちに容赦なく攻撃を浴びせられ絶望を味わうのでした。
痛みと苦しみと恐怖、人間への憎しみも膨れ上がり理性までもを失ってしまいます。
そして乙事主はタタリ神へと変貌してしまうのでした。

シシ神の森に来た訳は?

遠路、はるばるシシ神の森に来た理由は何なのでしょうか?

シシ神の森を守るため

シシ神の森は中国地方と言われています。タタラ場のモデルが島根県にある「菅谷タタラ」とされていることから島根周辺なのではないかと勝手に推測しています。日本最古級の神社、出雲大社もありますし。乙事主は鎮西と言われる場所、今で言う九州から海を渡り、山々を越えてシシ神の森の危機を救うために来たのです。

元恋人の危機を救うため?

なんと!乙事主様と犬神のモロの君はかつての恋人同士だったそう。人間を巡っての攻防の意見が合わず別れたのだそう。俗に言う価値観の相違というものでしょうか?
でもモロの君は「少しは話しの分かるやつ」と称しているので、嫌いで別れたわけではなさそうです。
もしかすると元恋人のモロの君の危険を察知して助けに来たということもありそうだと思いませんか?

可哀想な最期

乙事主はナゴの守がタタリ神になったこと、「一族からタタリ神が出てしまった」とを心から嘆いていました。
サンが必死に「乙事主様、タタリ神なんかになっちゃダメ」と訴えかけますが悲しいことに乙事主には届きません。あれほど忌み嫌っていたタタリ神になってしまうとは・・・

モロの君が「もう言葉まで失くしたか」と切なく呟きます。乙事主は猪の誇りも忘れてしまったのでしょうか。シシ神が乙事主に近づき、そっと命を奪います。
そうして苦しみから開放されたのでした。

まとめ

本来であれば仲間たちと森を育て山を守りながら、穏やかに暮らしていたであろう乙事主様。
タタリ神と変貌してしまい、悲しみと絶望の中で迎えることとなった最期の時。
その瞬間だけでも安らかであったと思いたいです。

最期までお読みくださり、ありがとうございました。

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